校長の恋愛・人生相談室

No.196

自己肯定感が湧いてこない

こんにちは。
18、男です。

なんで、俺は俺の気持ちを欺いてしまうことがあるのでしょうか。
どうして、歪まずに自分の感情とか、思いとか、願いとか、行動とか、要求とか、出せないんでしょうか。
なんで、自分にたいして、自分を感じられないんでしょうか。
どうして、臆病な自分を、周囲の人間は理解してくんないんでしょうか。

自己肯定感て、ほんとに育てられんのかな。
俺は俺でいいと、何を根拠に言えるのかな。

感情を出そうとしたときにでる、あの突っかかる感じと、冷や汗はなんなんだろ。頭で考えてしまう、俺ってなんなんだろ。どうして、こんなにも生きるのが下手くそなのかな。

自信て、不公平だ。環境が良いやつは、生まれてからどんどん自信をつけるのに、不運にも拒絶や失望をぶつけられたやつは、それを得られない。
あいつらは無意識にできていることを、俺は意識的にやってのけなければならない。
なんなんだこんなハンデ。おんなじように笑っても、なんであいつらは俺よりも生き生きと見えるんだ。

羨ましいなぁ……。
ほんと。

俺も前より強くなったけど、まだまだ自信がつかめねーよなぁ……。
どうして人に舐められてばっかりかなぁ…。

感情と主張と、本当の優しさが欲しいな。

自分を責めてるわけじゃないんです。
他人を責めてるわけでもないんです。
ただ俺と他人との差を見てしまったときに、やはり距離や、疎外感があるんです。圧倒的すぎる自分への自信の差から、俺は勝手に自分を押し潰してるんです。

くそ、頼むから、この感情が、夜だから感じる一過性のむなしさであってほしい。こんなことで、負けたくないな。

愚痴でも、相談でもないです。
ただ、こんな時、文字にするとすこし落ち着くんで。

人生なめててすいません。

校長

自信の有無は確かに不公平だ愚痴でも相談でもない、と書かれているけども、掲載されて困るような内容もないし掲載した。心の叫びがよく表れてるなと思ったから。

みんなそれぞれに悩みがあって、背が低いとか、ルックスが良くないとかいろいろあるけども、心のことって難しいし滅入るよな。まず他の人になかなか伝わらないし、曖昧で掴みどころがないし、自分が他の人と比べて本当につらいのかどうかも比べられないから分からない。もしかして自分は甘えてるだけなんじゃないかとも思う。でも、他の人の笑顔を見ていれば、やっぱりああも清々しく笑えないから、やっぱり自分の心はしんどいんじゃないかと思う。解決策もよく分からない。

そうやってみんな追い込まれていく。理解されないままに。不公平だなんて言っても、他の人からは分からない。「そうか?みんな平等だぞ。もっと楽しいことを考えればいいんだよ」とか言われる。

滅入るよな。

「自信て、不公平だ」
そう思う。校長は一度も公平だなんて思ったことがない。若い時は、心が弱いやつは自己責任で踏ん張りが足りないとか思ってたけども。いろんな人に接したり考えたり現実を知って、たぶん生まれつきとか物心つかないうちの環境などからポジティブさ(自己肯定感)にはそれぞれ差があって、実際に人と同じような努力ではうまく生きていけないとかそういうこともあると思う。

やることなすことうまくいかなかったり、しんどくて努力が続かなかったりしたとき、自己責任って言う人もいるけども、なかなか頑張りではカバーできない範囲がある。心という自然物がそうなんだから全てが仕方ない、で片付けるのも校長は好きではないけれども(やっぱり人間は自然と調和して自然を加工して生きていくものだから)、でもだからといって、心の取り扱い方に苦労している人に「自己責任」「努力不足」なんてとても言えない。

校長は、みんなに気付いてほしいんだよな。それぞれに与えられた環境で悪戦苦闘しながら生きてることに。君の感じる疎外感だって、ただそうやって悪戦苦闘しながら生きてるやつがいるって、みんなが分かってるだけで、全然違うのにな。

「自己肯定感て、ほんとに育てられんのかな。俺は俺でいいと、何を根拠に言えるのかな。」
難しいけどな、育つんだ。なかなか努力では難しいけれども。自分でできることは限られているけれども。鉄の壁を叩き続けるような絶望感はあるけれども。あがいているうちに、何かがうまくいったり、誰かと出会ったり、いろんなことをきっかけにあがきが結実することがある。うつ病が治る人ももちろんいるし、子供ができたことをきっかけに精神が安定する人もいる。

自己肯定感に根拠なんかないさ。むしろ根拠のない自己肯定感が欲しいんだから。根拠があったら、根拠が危うくなったときに、自分も崩れてしまう。

でも、好きな人とうまくいったり、何かいろんな成功体験やポジティブな経験があって、根拠ではないけれどもそういう栄養から根拠のない説明不能な自己肯定感は蓄積されていく。死にかけたところから復活したときに前向きになる人もいるし、なかなかそういう好循環って頑張っても起こせないけどな。

校長は、そうやって悪戦苦闘して生きてる人を、理解し、励まし、一緒に嘆くぐらいしかできないけども。

よく嘆きメールをしてくるけれども、どんどん送っていいから。ちゃんと読んでるぞ。

(感想があればこちらへ advice@rennai.ac