校長の恋愛・人生相談室

No.118

就職で失敗して自惚れを感じた

22才女です。
今年大学卒業なのに、就職も失敗しました。一生懸命勉強したつもりだったのですが、甘かったようです。

今は来年の試験に向けて去年よりも勉強しています。
だいぶ立ち直ってきました。以前より泣くことも少なくなりました。

でも、今は「自分は何も持ってないんだ」という思いでいっぱいです。
空っぽな感覚です。
就職先も恋人もお金もない、無価値な人間なんだと感じます。

去年まではこんな気持ちになることはありませんでした。
学校での成績も良く、サークルではちやほやされ、バイトも上手くこなしていたと思います。優越感だけ持っていました。周りにも「人生上手く生きてるね」「要領がいい」などと言われて調子にのっていました。

恥ずかしいことですが、自分でもそう思っていたのです。実際は運良く身の丈以上の大学に入れただけなのに、受験が上手くいったから、就職試験もなんとかなるだろうと思ってしまいました。
自惚れもここまで来ると笑えますね。

自分が失敗してから、自分がいかに周りの人を見下していたのかを実感しました。主に容姿の面で、です。失礼極まりないです。自分の能力に自信が持てないから、見た目だけでも勝ちたいと思っていました。その拠り所だった見た目も、世間一般では大したことないレベルです。それは自覚してます。

こう書いてみると、私は虚勢だけで生きてきたのかも知れません。
周りからはおおらかで能天気な性格だと言われます。しかしそれも私の見栄っ張りな性格のせいです。どうしても周りに弱みを見せたくないと思ってしまうのです。周りに迷惑がかかるという気持ちと、こんな自分を見られる位なら死んだほうがましだという気持ちが相対しているのです。

虚勢だけで生きてきたせいでしょうか。もう私には何もありません。友人たちには非常に申し訳なく思っています。全部が嘘ではなく、楽しいこともたくさんありました。
しかし、もう限界です。こんな私でもやり直せるでしょうか。


長々ととりとめのない文章を書いてしまい申し訳ありませんでした。ありがとうございました。

校長

これぐらいの挫折はしたほうがいい反省は良いことだけれども、いくらなんでも落ち込みすぎで自分を否定しすぎだろう。

校長は中2ぐらいのときに、自分は世界で一番アタマがよくて、大人は全員馬鹿、というか自分以外は全員馬鹿だと思ってたけどなぁ。

自惚れとか自信を保とうとすることが、安易に他の人を見下すことにつながるのは良くないけれども、みんな若いうちからそんな立派なものではないと思うが。人を見下すぐらいの自我の強さもないか、見下してなんとか自分を誇るか、稀に若くしてバランスが取れ過ぎると成長力とか人生の突破力がなかったりして、なんというか、こう、いろんなものが足りなくて当たり前だと思う。

こうして就職の失敗を機に心が折れて良かったじゃないか。自分に疑問も持たずにずっと生きてる人なんか、たいしたことない。こういう過程も必要だ。もちろん就職に失敗した、というのがつらいのは分かるけれども。

見た目だって、それまでの要領の良さだって、べつに全部否定するようなものではないと思うけどな。世の中には「器用貧乏」という言葉があって、ずば抜けたものを持っていない人をヘコませるけれども、いろんなことがほどよく整っている人の凄さを知ったほうがいいぞ。まぁ「いろんなことが70点」ってのは総合得点ですごい点数になったりするんだけれども、確かに70点というのはネガティブなときには自分を支えてくれない。コップに70%水が入ってたら、調子が良いときは「こんなにたくさんある」と思うけれども、調子が悪いときには「これしかない」と思うからな。

それと、先にも少し書いたけれども、虚勢も大事だぞ。強がりとか思い込みが今まで君を支えてきて伸ばしてきたんだから。でもそれも、ある程度成長してくると使いものにならなくなる。使いものにならなくなったから、これまで弱みを見せずに生きてきたことが無駄だったかというとそうじゃない。それが君の一段階目のロケットだった、これからは二段階目のロケットを噴射する段階、そこで一旦ヘコんでいると考えたほうが妥当だと思う。

世の中には、もうそういう子供じみた生き方が通用しなくて一段階目のロケットがプスプス言ってるのに、ずっとしがみついて弱さを認められずにいる人も多い。

いいじゃないか、こういう挫折も、自分を振り返る機会も大事だ。抽象的な回答だけれども、就職を失敗したからこそ今の自分がある、と思えるような未来を創ることに集中しなさい。大丈夫だから。

(感想があればこちらへ advice@rennai.ac