高1で漠然とした将来への不安はあるがやる気が出ない
16歳、高1女子です。初めまして。
私は成績がかなり悪く、親にも先生にも「こんな成績で大学行けると思うのか」「人生なめてるんじゃないのか」と言われますが、そういったことは全く思ってません。成績がとても良かった小学生の頃でも、どんなに褒められても、心のどこかで否定するような子でした。…かわいくないですね(笑)とにかく、私は本当に、今のままじゃ大学進学や就職ができるとは思っていません。
ですが、勉強をやる気にはなれないのです。集中力がないだけかもしれませんが…
友人関係は一応良好だと思います。小さい頃から人の間をテキトーに渡る感じで、広く浅く、という感じでした。特に仲のいい友達といるのは楽しいですが、あとの人たちは、好きでも嫌いでもない、どうでもいい人たちばかりです。表立った喧嘩はないですが、自分が皆から好かれているとは思えません。
遅くなってしまいましたが、私が相談したいことは、漠然と将来が不安で、でもそれを改善する気もない、自分がなにがしたいのかよくわからないことです。正直、今回相談したいことというのもよくわかりません。漠然とでっかい不安があるけどそれをどうにかする気はないです。自分でもクズ人間だなあと思うんですが、それでも変わろうとできないです。
やる気が出る方法とかを今まで沢山調べたけど、結局「自分が変わろうとすることが大事」とか、それができないから調べてんだよ!みたいな、…よくわかりません(笑)
こういうのって思春期にありがち?な、自分がわからない、みたいなことであって、時が経てば治るんでしょうか。そんな気が到底しないのですが…。
結局ここまで自分が何を相談したいのかハッキリ分からずじまいでした。すみません。
やる気が出ないのも当然将来への漠然とした不安を抱いているなんて、素晴らしいことだな。校長が高1のときは将来なんて全く頭によぎったこともなかった。髪の毛にジェルつけすぎって言われて、女子にキモがられた思い出しかないわ。しかないこともないか…。
やる気を出す方法を調べたり、漠然と将来に不安を抱いたりしてるんだから、なんかこのままでいいのかと思ってるんだし、まともだと思うけどな。
仲の良い友達もいて、実に良い状況じゃないか。「自分が皆から好かれているとは思えません」と言うけども、そんなのはほとんどの人がそうだ。フィーリングの合う人といっぱい仲良くして遊びまくったらいい。遊びとか、特に人とのつながりや思い出は、君の言う「将来」のためにも大事だから。それが将来の心の安定にも寄与するだろう。親が何と言おうと遊びまくりなさい。楽しいことは多ければ多いほどいい。
で、勉強についてだけども。
「(漠然とした不安があるが)改善する気もない、自分がなにがしたいのかよくわからない」
校長も自分が何をしたいかなんて分からなかったし考えたこともなかった。まさか将来、人に恋愛を教えたり相談に乗ったりするなんて(本業ではないが)、考えたこともなかった。そんな将来を見据えて、自分を律して、ちゃんと勉強とか未来のための努力をしている人がどれだけいる?高1なんて遊びたい盛りで、なかなか心がついていかなくて当然だし、それでいいと思うけどな。
周りがやれやれ言うからやる気なくすんだよな。校長は親に一度も勉強しろと言われたことはなかった。でも勉強しないでテストに臨むと、順位が当然に低くなるよな。なんか、塾とかにちゃんと行ってる、自分より頭の悪い(と当時思っていた)人たちが自分より良い成績を取ることが本当にムカついて、「おまえらおれがやる気出したらどうなるか見せてやる」という気持ちで勉強していたのを覚えている。つまりプライドだな。
べつに君にプライドを出せなんて言うつもりはない。勉強なんかはまぁ最低限でもやっておけばいい。最低限ならそれなりの最低限の未来はやってくる。でも、やらなくてもいいものを、どうしたいか、あえてやるとか、そういうのが人生だと思わないか?最低限でいいのか、と。一度しかない人生で、どうせ最後は土に還るだけの身で、君はどうしたい?将来何になりたいかではなくて、たとえばたくさん笑いたいとか、生き方を誇りたいとか、いろいろあると思う。そこまでやらなくてもいいってことを、あえて、例えば校長なら自分を誇るために、たったそれだけのためにやる。そういう無駄なことこそが人生の充実なんだから。
友達と全力で遊べというのもそういうこと。友達と遊ぶのは将来のためにも大事とか言ったけれども、べつに必要なことではないよな。必要だからそうするわけじゃない。まぁ楽しいからそうするんだけども、楽しいからそうする以上に、もっと無理してでもいっぱい遊びなさい、と思うぞ。そうやって無駄に人生を濃くするってのを校長は大事にしてほしいなと思う。
勉強だっていろいろと人生を豊かにする要素が本当は詰まっているし本当は勉強の大事さや楽しさを知れたら一番なんだけども、それはなかなか難しいことだから、まぁそうじゃなくても、自分を誇るためにとか、自分の本当の力を示すためにとか、親を見返すためにとか、みんなの度肝を抜くためにとか、ひっそり大学受験を攻略してやるとか、なんかそういう無駄なモチベーションを持てたらなと思う。
言われたことなんかやらなくていい。やらされる勉強は最悪だし、親の言うことも真に受けるな。君はもう高1なんだから、親のために生きるわけじゃないし、将来のために今頑張らなきゃなんてことも絶対に思わないことだ。そうじゃなくて、自分のために、誇りや勝負心やその他の無駄な何かのために、目の前にある「勉強」という課題に取り組みなさい。
ちなみに。勉強って、よく社会に出ても役に立たないとか言われるけど、どれもこれも抽象的で未知な目的のための「栄養」だし「道具」なんだよな。今ある紙を切るためにハサミを買う。でも、ハサミはそれで捨てるわけじゃないし、その紙を切った後は目的がないけれども、あるとき彼氏の写真を切り刻むのに使うかもしれない。最初は大学受験のためだった勉強も、その知識や、知識以上に考え方のコンセプトとかバリエーションとかは、いつか何かのために使うし、人生を豊かにしてくれる。根拠は言えなくてもなんとなくインチキ商法の理屈に違和感を感じたり、水位30cmの川がどれくらい危険かというイメージがより正確になったり、直接「あの勉強したおかげだ」と言えないようなことにたくさん影響するんだよな。それは学校の勉強だけじゃなく友達との遊びでもそうだけども(だから何でも全力でやって濃くしてほしいけども)、特に学校の勉強にはそういう効率の良い栄養素がいっぱい詰まってるから、校長としては目的など見えずとも勉強もどんどんやってほしいなと思う。
やる気が出ますように。